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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)378号 判決

第一ないし第三事件原告、第四事件被告 田中実男

右訴訟代理人弁護士 岡垣宏和

同 大西隆

第一事件被告 高野幸雄

第三事件被告、第四事件原告 小宮清美

右両名訴訟代理人弁護士 半田和朗

第一、第二事件被告 呉台洙

右訴訟代理人弁護士 松原徳満

主文

一、昭和四五年(ワ)第三三〇七号事件、同年(ワ)第五〇五四号事件および昭和四六年(ワ)第三七八号事件につき

(一)(1)原告と被告高野との間において、原告を主債務者とする昭和四四年八月四日付手形貸付、証書貸付契約に基づく金三〇〇万円の債務の存在しないことを確認する。

(2)原告と被告小宮との間において、原告を債務者とする昭和四四年八月四日付手形貸付、証書貸付契約(昭和四五年八月二一日付譲渡契約)に基づく金三〇〇万円の債務の存在しないことを確認する。

(3)原告と被告呉との間において、原告を債務者とする昭和四四年一二月二六日付証書貸付、手形貸付、手形割引契約に基づく金一五〇万円の債務の存在しないことを確認する。

(二)原告に対し

(1)被告高野は、別紙物件目録(一)記載の土地および同目録(二)記載の建物につき同被告のためになされた別紙登記目録(一)記載の根抵当権設定登記の(2)被告小宮は、前項土地建物につき同被告のためになされた別紙登記目録(二)記載の根抵当権移転の附記登記の(3)被告呉は、(1)の土地建物につき同被告のためになされた別紙登記目録(三)ないし(五)記載の各仮登記の各抹消登記手続をせよ。

(三)(1)債権者を被告呉とし債務者を原告田中実男とする東京法務局所属公証人松村禎彦作成昭和四五年第一一六〇号金銭消費貸借公正証書に基づく強制執行はこれを許さない。

(2)東京地方裁判所民事第九部が昭和四五年五月二三日附をもってなした強制執行停止決定はこれを認可する。

(3)前項に限り仮に執行することができる。

(四)訴訟費用は被告ら三名の負担とする。

二、昭和四六年(ワ)第一〇一七号反訴事件につき

(一)反訴原告の請求を棄却する。

(二)訴訟費用は、反訴原告の負担とする。

事実

〈全部省略〉

理由

一、別紙物件目録〈省略〉(一)(二)記載の土地建物(以下本件土地建物という)が原告の所有であること、同土地建物につき被告高野、同小宮、同呉のためにそれぞれ別紙登記目録(一)ないし(五)記載の各登記がなされていることおよび被告呉を債権者とし、原告を債務者とする債務名義として、原告主張(要約調書上欄第一の二3(一)(1)(2)参照)の公正証書(以下本件公正証書という)が存在することは当事者間に争いがなく、また、本件公正証書に基づく強制執行につき主文一の(三)(2)記載の強制執行停止決定がなされたことは記録上明らかである。

二、〈証拠〉を総合すると以下の事実が認められる。

(原告と被告高野、同小宮の関係につき)

(一)原告の妻である訴外田中繁子は、昭和三八年八月ごろから昭和四四年一二月ごろまで、生命保険の外務員として勤務していたが、昭和四四年二月ごろ保険勧誘の仕事から、当時鳳企業株式会社という名で事業を計画していた栗原節子および日下桂次と知るようになり、繁子もこれら両名の計画に加わるようになった。そして間もなく同人らから金員融通の懇請をうけ、夫である原告には内緒で、原告の預金通帳から二〇万円余の金を下ろして同人らにこれを融通した。同人らは右融通金をなかなか返済しないのみならず、繁子が強く返済を請求すると、大塚の金融業者から金を借りて返すが、担保を貸して貰えないかという話をもちかけ、繁子は止むなくこれに応じ、原告に無断で本件土地建物の権利証と原告の実印とを持ち出し、右印鑑により印鑑証明書(甲第四号証の四)の下付を受け、かつ、右印鑑を冒捺して原告名義の白紙委任状(甲第四号証の三)を作成し、これらの書類を大塚の金融業者に担保として交付し、六〇万円の金融を受け、繁子はこのうち一五万円を日下から返してもらったこと。

(二)その後同年七月中旬頃、日下は繁子に対し、「事務所を移転して新しい仕事をする、三〇〇万円ほどどうしても資金が要る、もう一度俺を男にしてくれ、二ケ月で返済するから迷惑はかけない、大塚の金融業者に預けてある前記書類を使わせてくれ」などと申し向けて、本件土地建物を再度担保に提供することを懇請したので、繁子はこれに応じた。かくして、田中正久の紹介と、とりもちにより昭和四四年八月二日と同月四日の二回にわたり池袋の喫茶店で、繁子、日下、栗原らが被告小宮と会合し、日下は鳳企業株式会社代表取締役日下桂次振出の三〇〇万円の約束手形(丙第四号証の一・二)を差入れ、(この約束手形の裏面の原告名義の裏書は繁子が原告名を記して原告の実印を無断で押捺したものである)、繁子は大塚の金融業者から取り戻した前記権利証、委任状、印鑑証明書を被告小宮に交付し、被告小宮は本件土地建物を担保として、弁済期を二ケ月後として、金三〇〇万円を貸与する旨の協議がととのい、右両日中に合計三〇〇万円を日下らに交付したこと。

(三)ところで、被告小宮は日下らから融資の話があった頃、手持ちの資金がなかったので、被告高野を訪れ、同被告に対し、担保をとって他に貸付ける先があるから三〇〇万円を融資しないかと持ちかけ、貸付けにつき同人から一切委任されたうえ、三〇〇万円を預って来て、前記のように、その金を繁子らに貸付けたものであるが、本件土地建物につき根抵当権の設定登記をするに当り、司法書士事務所において、繁子らに右の事情を話して登記簿上は貸主ならびに根抵当権者を被告高野とし、借主ならびに担保設定者を原告、連帯債務者を繁子とすることにつき繁子の諒解をとり、昭和四四年八月五日被告高野のため別紙登記目録(一)記載の根抵当権設定登記の申請をなしたこと、そして、繁子は原告の代理人として、被告小宮は被告高野の代理人として、それぞれ右の話合いをしたこと。

(四)その後、被告小宮は被告高野に自らの資金で前記三〇〇万円を弁済(代位弁済)したので、被告高野の有する前記三〇〇万円の貸金債権と根抵当権とを弁済者の代位により取得し、昭和四五年八月二五日別紙登記目録(二)記載のとおり被告高野の根抵当権につき権利移転の附記登記をしたこと。

(原告と被告呉との関係につき)

(五)田中繁子は被告呉に対し原告所有の本件土地建物を担保として金一五〇万円の融資方を申込み、これを応諾した被告呉の求めに応じ、まず原告の代理人として被告呉との間に証書貸付、手形割引および根保証ならびに本件土地建物を目的とし、極度額二〇〇万円とする根抵当権設定の各契約をなし、その昭和四四年一二月二六日付契約書(乙第二号証)の債務者欄に原告の氏名を記載し、その名下に原告に無断で持ち出した原告の実印を押し、自らもその連帯保証人として署名捺印し、さらに根抵当権の設定登記の申請および公正証書作成のため、前記原告の実印を使用して印鑑証明書二通(うち一通は甲第五号証の三)の下付を受け、右実印を使用して原告名義の白紙委任状二通(このうちの一通は甲第五号証の二を作成し、これらの印鑑証明書(委任状を被告呉に交付して、同日被告呉から金一五〇万円を貸借名義で借りうけ、その連帯借用書(乙第一号証)の債務者欄に原告の氏名を書きその名下に前記原告の実印を押捺し、その次に繁子が署名捺印したこと。

(六)被告呉は繁子から交付を受けた委任状二通のうち、その一通には登記申請の受任者として藤井哲の氏名を補填し、他の一通には公正証書作成嘱託の受任者として鄭男雪の氏名をそれぞれ記入し、昭和四四年一二月二六日右藤井哲をして、別紙登記目録(三)、(四)、(五)記載の各仮登記の登記申請をさせ、また鄭男雪をして本件公正証書の作成嘱託させたものであること。

以上のとおり認められる。

三、そこで、田中繁子が原告名義でなした前記各行為につき原告から代理権の授権があったかどうかの点につき考えるに、これを認めるに足る証拠はなく、かえって、証人田中繁子の証言と原告本人の供述によれば、繁子が夫に無断でなしたことが認められ、また、前記認定のとおり、原告名義の委任状はすべて(なお、丙第一号証および丙第二号証の原告名義の作成部分も証人田中繁子の証言と弁論の全趣旨により繁子が偽造したものと認められる)繁子が夫名義で偽造したものであるから、前記各行為は繁子による無権代理行為とみるべきである。

四、つぎに被告らの表見代理の主張につき検討する。

(一)民法一〇九条の表見代理について

被告らは原告が前記各契約締結の頃、田中繁子に原告の実印、印鑑証明、委任状を所持使用せしめた事実があり、これは被告らを含む第三者に対して、代理権の授与を表示したものと言うべきであるから、原告は民法一〇九条により前記各契約に基づく責任を負うと主張するので、この点につき判断する。前記認定によれば、実印は訴外田中が原告に無断で持ち出して印鑑証明の交付を受け、更に委任状を偽造したものであり、また原告はこのことを知る由もなかったのであるから、このことをもって、代理権授与の表示と解することはできない。本件全証拠によっても他に代理権授与の表示を首肯させる事実を認定することはできず、被告らの右表見代理の主張は理由がない。

(二)日常家事代理権と民法一一〇条の表見代理

被告らはさらに、右訴外田中は、原告の妻として原告の日常家事の代理権を有していたから、民法一一〇条の適用があると主張しているので、この点について判断する。

思うに、夫婦の一方が日常家事に関する代理権の範囲を越えて第三者と法律行為をした場合においては、その代理権を基礎として民法一一〇条所定の表見代理の成立を肯定すべきではなく、その職権行為の相手方である第三者において、その行為がその夫婦の日常の家事に関する法律行為に属すると信ずるにつき正当の理由のあるときに限り、同条の趣旨を類推して第三者の保護を図るべきであり、また当該法律行為が日常家事に関するか、否かは、その夫婦の個別的事情のみならず、夫婦の一方と取引関係に立つ第三者保護をも考慮し、社会通念に従い、客観的に判断するのが相当である(最判昭和四四年一二月一八日第一小法廷判決参照)。そこで、これを本件について考えるに、証人田中繁子、原告本人の供述、弁論の全趣旨を総合すると、原告はかって一度も本件土地建物を担保に供し、借金をしたことがないこと、原告は、日常の生活費の支払のためには、妻である繁子に原告の実印を用いて銀行預金等の積みおろしをすることを任せてはいたが、それは、文字通り、日常生活費に関するものであり、額も多額ではなかったこと、および原告は会社の課長をしており、その家庭もいわゆるサラリーマンとしての家庭であったことが認められ、原告夫婦の個別的事情よりすれば、原告の妻である繁子の本件各行為は、日常家事の範囲を逸脱するものであり、さらに社会通念上客観的にみても、被告らの貸与金額(金三〇〇万円および金一五〇万円)および不動産担保供与行為は、日常家事に属する法律行為とはいえず、それをあえて、日常家事の範囲内に属すると被告らが信ずるに足りる正当な理由は、本件全証拠に照らしてもこれを認めることができない。

以上によれば、被告らの民法一一〇条による表見代理の主張もまた理由がない。

五、むすび

以上の次第であるから、被告ら主張の前記各契約は原告に対する関係では有効に成立したとは認められず、したがって、原告が本訴で主張する係争債務は、いずれも不存在であり、また本件土地建物について、被告らのためになされた係争各登記は、登記原因を欠くから、被告らは原告に対し右各登記につき抹消登記手続をなす義務がある。また、被告呉を債権者とする本件公正証書は無効であり、これに基づく強制執行は許されない。したがって、原告の被告らに対する各請求は理由があり、その反面被告小宮の原告に対する反訴請求は理由がない。

よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を、強制執行停止決定の認可とその仮執行の宣言につき同法五四八条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 伊東秀郎)

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